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15日間の旅でした。ことあるタイミングで彼らの信仰が顔を覗かせていたので、ゴビ砂漠の広大な空の下でけいけんした時空が歪んだような感覚を頼りにまとめてみました! ![]() ① ウランバートル初日、手違いでwifiが繋がらず記憶を頼りに換金所へ向かうも建物ごとなくなっていました。 わずかなトゥグルクだけ持っていきなり途方にくれていると強烈な太鼓の音とお経がお寺から聞こえてきました。ゲルの形をした寺の中でチベット仏教の袈裟を来た坊主が両サイドに陣取り念仏を唱え(隠れて早弁する子坊主も笑)真ん中には組紐を肩にかけたたくさんの参拝の者が。あとから知りましたが、ここはダシチョリイン寺という名前で国内で最も古い仏教寺院の一つでした。 とりあえず何ともならないので、藁にも縋る思いで?組紐に縋ることにしました。そして、30分ほど参拝し持っていたトゥグルクをお寺にほとんど納めてから旅のスタートとなりました。 ここから度々チベット仏教的な何かがことあるごとに顔を覗かせてくるのでした。 ![]() ② UBの先生ソヨルエルデネさんのご自宅はゲルのような形になっておりましてレッスン室もチベット仏教の仏具に囲まれた大邸宅。 お父さんがツェレンドルジさんという国宝級の馬頭琴弾きの方で、内モンゴル自治区とモンゴルを行き来しながら国境を超えて馬頭琴でモンゴル文化を繋いできた方です。 ゴビのネルグイさんとダンジャートさんとワッチャートさん4人で1968年には太陽のカルテットとして活動していたそうで、ソヨルさんも子供の頃からツェレンドルジさんについて内モンゴル自治区とモンゴル国の馬頭琴を両方勉強し、ネルグイさんと旅をされた経験もあるそうです。 前回の旅では分からなかった自分の中で区別されていた2種類の馬頭琴がこのような形で繋がりをみせ、今回はダルマさん作曲の内モンゴル自治区の新春という曲をソヨルさんのモンゴル馬頭琴用にアレンジされたものを教わりました(これがどちらの奏法も散りばめられていて素晴らしい) ![]() チベット仏教もまた内モンゴル自治区とモンゴル国で信仰されていて、彼らの心を繋ぐ一つの鍵でもあり、モンゴルで内モンゴル自治区の曲を学ぶ意味を考えさせられます。 このあとゴビ砂漠でネルグイさんにツェレンドルジさんのお話をしたところ、ツェレンドルジさん作曲のАлтан Говийн Магтаалを教えてくださりました。ツェレンドルジさんとソヨルエルデネさんの歌が聞ける映像。 https://youtu.be/HJw4dJwXWak?si=F20f2yKfXw_5v04M ③ ソヨルさんのレッスン後に天皇陛下が7月に共花された日本人慰霊碑へ。 母方の父が戦中に満州とモンゴルを行き来したと聞いていたので、じいちゃんの知り合いが眠ってるかもしれないと思い訪れました。 ウランバートルの大渋滞でスモッギーで慌ただしい中心地から離れるにつれ、空気はクリアに景色の解像度が上がっていくのに対して、速度感は上空からの映像を見るようによりゆったりと感じるほど時間感覚がおかしくなってきた頃、バスの中にじいちゃんの家の匂い(加齢臭に白檀と桃とぶどうの香り足した感じ)が漂い始め、いよいよ何だか知らない星にたどり着いた感がでてくると、やがてチベット仏教のダンバジャルバー寺院が見えてきまして、その真裏にスーパー見慣れた日本のお地蔵さんと日本語で書かれた石碑が現れました。猿の惑星のラストみたいな違和感です。 じいちゃんが戦争は(賛美されるもんでも御涙頂戴でもなくて)ただ血生臭いもんずらと言ってたことを思い出しながら献花をしてきました。ねじまき鳥の間宮中将の皮剥ぎシーンも思い出されます。日本人慰霊碑隣の施設には抑留死亡者の火葬の写真もあったのですが、日本の火葬とは違う様式でした(チベット仏教の火葬方法を調べてみたのですが詳細まで分からず、詳しい方教えていただきたいです) ![]() ④ その翌日はフスグトゥンのメンバーでもあるゾリゴーさんのホーミーレッスン。基本となる"シャハ"を習うのですがこれが全くできない。ここ数年のタバコ吸いすぎが祟り咽せまくり。嵯峨さんに教わった時の半分もままならず悔しかったので、チベット仏教モンゴル最大級のガンダン寺のゴミ箱にタバコを捨てまして、26メートルの大仏の周りの大量のマニ車を回しながら3週してシャハ身につくまでタバコやめますと唐突な禁煙宣言(ようやく練習可能な状態まで戻りました) ![]() モンゴルに着いてから頓挫した予定もいくつかありましたが、このガンダン寺では行く前に打算的に埋めていたポケットを空にすることで良き流れが入り込み、より深く音楽と向き合わせてくれているように思いました。 ⑤ 1週間のウランバートルの生活を終えてドントゴビのウルジートという小さな村へ。 ゲルの中はチベット仏教の仏具が整然と並んでいて、その傍には今年貰ったという勲章のバッチが4つほど乱雑に置かれています。彼の家には他にも60個ほどの勲章と2013年にはヨンドンネルグイの半生を辿る写真集が国から発行されていたりするのですが、ただただ真摯に馬頭琴の音色を伝えてこられた方です。 ここでの滞在に感謝を込めてマニ車を回し手を合わせて眠りにつこうとすると、運転手の友人から連絡が、、、 なんとウランバートルに戻る途中に馬を轢いてしまい、背中を痛めたとのこと。 彼から送られてきた写真はランドクルーザーのフロントが大破して、馬は即死(しかも子どもがお腹に入っていました)道路にはブレーキ痕と大量の血痕。 想定外の出来事に友人の心配と馬の冥福を祈りつつ、これはもしかしたら他の方法を考えねば日本には帰れないかもなと、、、 そんな中で熱血レッスンは一日中続き、空いた時間でアルガイ集めや 井戸水汲み、山羊、ラクダ、牛、羊、馬に水をやり、 ![]() 馬の乳搾り、 徐々に彼らの生活にも慣れ、小学生の女の子はめちゃ懐いてくれていて ![]() (結婚してるといったら不貞腐れて1時間後に私最近彼氏できたからって言いにきてかわいすぎる笑) ![]() もはや帰らずとも砂の女さながらゴビショローンに囲まれ、このままこの村の住人になる人生も面白いのかもしれないと思いはじめていると、、、 ネルグイさんから唐突に明日コンサートがあるから一緒に演奏だと言われ、またまた想定外の流れが(遊牧民はいつも唐突ですが)。 当然デールは持ってないですし、乾燥で馬頭琴のバスバーは剥がれてしまいディストーションがかかった状態(ゴビにきて2日目いつもの1.5倍の鳴りになったと思いきや)、そもそも何のコンサートなんだと。。。 非常に不安なまま、早朝から熱烈なリハーサルの後すぐに会場のホールまで移動するとスタッフ2人にあっという間に楽屋でデールとマルガイとブーツを履かさせられてステージへ。 ![]() 気がつくとネルグイさんと初共演を果たした上に、地元の90歳のオルティンドー歌手がステージに上がってきて一緒に演奏することに。 ネルグイさんは私に「お前は聞いて合わせろ!」と全く知らない曲の伴奏をすることに(ネルグイさんがとても献身的に伴奏されていて感動)。 集まりとしては、日本で言うところの敬老の日を壮大にした勲章の授与式ということが演奏が終わってから分かりました。 シャガイを組んだりアーロースや馬乳酒が捧げてあったり、嗅ぎタバコを嗅ぎ合う儀も。 最終的には仏様そっちのけで14:00-21:00まで飲み続けたウルジートのお年寄り達は今日は自分が主役と言わんばかりに酔っ払って前衛的な踊りを繰り広げておりました。この村の爺さん婆さんタフすぎます笑 (動画はインスタ等にて) ![]() ⑥ ゴビ6日目、運転手のムルンが代わりの車で迎えにきてくれると連絡がありました(背中もまだ痛いにも関わらず)。 その知らせを聞きチベット仏教では旅の安全を祈願して(さまざまな意味合いがありますが)オボーにハタクを巻きつけるという風習を思い出し、この村に初めてきた時からお世話になってる女の子のお母さんのお店で馬の冥福と交通安全を祈ってハタクを買いました。 普段ポリシーから馬頭琴にハタクを付けるのを嫌がるネルグイさんも事が事だけにそれは良い考えだから馬頭琴に巻いていけと、敬虔なチベット仏教徒でもあるお母さんが馬頭琴にハタクを巻いてくれました。 迎えた最終日ムルンが到着すると、彼は右腕にシルバーの数珠とチベット仏教徒が喪に服す時に食べる乾パンを齧りながら、シルバーのお盆にアルガイとジュニパーを燻して車のお清めをしました。 ウルジートとお別れをしてウランバートルへ向かう道中でもオボーを見つけると車を止め、時計回りに3周(一周するごとにごとに一度石を積み)歩いてまわります。彼曰く時計回りは太陽と月の巡りを表しているそうです。 しばらくして馬との事故現場に到着すると再び大きな銀のボールに入れたアルガイとジュニパーを燻してお経を唱えます。 祈る中でふとネルグイさんから教わったジョノンハルが馬の魂の循環を表現した曲でもあることを思い出し、馬頭琴を馬の親子に捧げて弾くことにしました。 ![]() しかし、ここで昔からよくタブーを破ってバチが当たる落合の性分が炸裂します(ストーンサークルにズカズカ入って雷雨になったり、八幡の藪知らずに入ってギャラ袋を紛失したり、モンゴルで左手で乾杯しようとしたり親指立てて最高と言ってしまったり、演奏姿勢が悪くマルガイがズレるのでたくさん触ってしまいネルグイさんに怒られたり、家の中からカバンを背負ったまま外出しようとしたらセレンゲさんに咎められたり多々) 今回のバチ当たりは、演奏をはじめて自分が帽子とサングラスをしていることに気が付きまして、これは礼儀がなっとらんと曲を一度やめて脱帽しました。 しかし、モンゴルでは逆にマルガイは脱いではいけないことを思い出したも束の間、すぐ横を100キロ近くのスピードで通りかかったトラックの風圧がアルガイとジュニパーの入ったボールを無惨にもひっくり返していきました。 火の粉が乾燥した草原に飛び散ってしまっては大火事になるので大慌てで消火に。 これにはムルンも「マルガイ外したらお盆がひっくり返ったぞ」と爆笑。こういう良かれと思った時に私は地雷を踏みがちなんですね。「お前、日本とマナーが違うんだから帽子脱ぐんじゃない」と馬に蹴られたような気分でした。 車が通らなければ草原は血流音が聞こえるほどの静けさ。 私は一度反省をしまして、再びマルガイを被り演奏し曲が終わりかけた頃、ふと風にのって遠くから姿の見えない馬のいななきが重なったように聞こえました。 ただの偶然とも思いますが、彼らが信仰するチベット仏教の視点からもモンゴルの音楽文化との距離が少しだけ深まったような気がした2週間の旅の終わりでした。 ⑦ 最後に、この旅を繋いでくださった西村さん、長距離を昼夜問わず運転してくれたムルンさん、ゾリゴーさんを紹介してくださったあびるさん、UB滞在中に宿泊させていただいたセレンゲさん、レッスンはもちろんネルグイさん忘却のツェレンドルジさんのスコアまで送ってくださったソヨルさん、そしてウランバートルでは大変お世話になりましたフルハシユミコさん、竹内武さん。ユミコさん風邪をひいて声を出すのも大変だったり、捻挫してもレッスンへ通う姿に心打たれました(その真摯な姿を見て行く前の若干のお旅行気分を封殺することができました) ゴビでは熱血指導のネルグイさん、毎日私の単語しか使えないモンゴル語に親身に付き合ってディープな解説をしてくださったナサントンさん、シュレ、そしてゴビで急遽レッスンしてくださった上に松脂をプレゼントしてくださったウーリンバヤルさん、感謝です。 また普段お世話になっている方々のちょっとした言葉を時間たっぷり反芻する時間にもなりました。感謝です。 中庭にしばらくモンゴルのお土産(お菓子)置いてますのでお越しの方はぜひ食べてみてください!!
by sukebass117
| 2025-10-09 10:30
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